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衝撃の映像!《月に憑かれたピエロ》
月に憑かれたピエロ

[DVDの説明]作曲後90年が経過した現在でもなお問題作であり続けるシェーンベルクの表現主義的傑作《月に憑かれたピエロ》。
 アルベール・ジローの幻想的でグロテスク、残酷でシニカルな詩のドイツ語訳をテキストに用いたこの作品は、21の短い楽曲から成っており、各曲それぞれに無調の手法で異様な光景を描出したような不気味さ、恐ろしさが以前から話題になっていたものです。
 それゆえ、こうした形で映像作品として世に問われるのは実に理にかなったことともいえ、音だけでは今ひとつピンとこなかったそのエキセントリックな世界を、大胆かつ奇抜な感覚の映像で楽しむことが可能になりました。
 元々の歌詞は、月に惑わされておかしくなったピエロが目から酒を飲んだり、人間の頭部に穴をあけてパイプを突っ込んで吸ったりと、ほとんどシュールレアリスムを予告するような無茶苦茶なものですが、ここでは歌詞をストレートに映像変換するようなことはあまりせず、現代風にかなりひねった演出で映像化しているのが面白いところ。
 この作品に登場するのは、夜の都市映像のほか、気味の悪い昆虫に、牛の枝肉、生きた女性や死んだ女性の裸体、いろいろな生首など決して心地よいものばかりではありませんが、幻想的な色彩感覚・コラージュ性の強さと併せてそのインパクトの強さはかなりのもの。
 シェーファーもヌードすら辞さぬ熱演で、彼女が演じるピエロが特撮によって巨人になったり群れになったりという奇想の世界を巧みに演じてユニークな知性派ぶりを窺わせます。
 音源はDGのブーレーズ指揮アンサンブル・アンテルコンタンポランによる演奏を使用。

「月に憑かれたピエロ」(詩:アルベール・ジロー)

1.月に酔い

夜の月は 目で飲む酒を
波のように 降り注ぐ
それで大潮は 静かな水平線を
ひたしてあふれる
身ぶるいするような 甘い欲情が
潮の中を はてしなく泳ぎ渡る
夜の月は 目で飲む酒を
波のように 降り注ぐ

信心ぶかい詩人は
聖なる飲み物に酔い
恍惚として 頭を天に向け
よろめきながら 目で飲む酒を
吸いすする

2.コロンビーナ

月光のあお白い花びら
純白の奇しきバラの花たちが
七月の夜半に咲く
おお その一枝でも手折れたら!

胸の不安をやわらげようと
暗い流れに沿って 私は探す
月光の青白い花びら
純白の奇しきバラの花たちを

こんなお伽の国のようなこんな幸せの中で
お前の栗毛の髪の毛の上に
月光のあお白い花びらを
咲かせることができたなら
私のこがれる思いも しずまるだろうに!

3.伊達男(ダンディ)

月は 幻想にみちた光線で
ベルガモ生まれの物言わぬ伊達男の
黒い聖なる洗面台の上の
水晶のビンを照らし出す

水流は音を立てる青銅の受け皿の中に
金属的な響きを立てて明るく笑う
月は幻想にみちた光線で
水晶のビンを照らし出す

百面相のピエロは今日のメーキャップを
どうしようかと思案しながら立っている
ルージュやオリエンタルグリーンを押しやって
幻想に満ちた月の光でその顔を
彼はおごそかなつくりに化粧する

4.蒼ざめた洗たく女

一人の蒼ざめた洗たく女が
夜半に白い布を洗う
まくし上げた銀白色の腕を
流れの中にさしのべて

そよ風が光の中にしのび込み
流れをかすかにゆさぶる
一人の蒼ざめた洗たく女が
夜半に白い布を洗う

そして天上のやさしい乙女は
枝枝にやさしく抱かれながら
光で織った彼女の麻布を
黒い草原の上に広げる・・・・・・
一人の蒼ざめた洗たく女が

5.ショパンのワルツ

白く乾いた一滴の血が
病める者の唇を彩るように
この音調の上にも否定への欲求の
誘惑が眠っている

粗野な欲求の和弦が
氷のような絶望の夢をかき乱す
白く乾いた一滴の血が
病める者の唇を彩るように

熱して歓声を上げ 甘く思い悩み
暗いメランコリックなワルツはいつも
私の感覚にまつわりついて離れない!
私の想念にしがみつくのか
白く乾いた一滴の血のように

6.聖母(マドンナ)

おお あらゆる苦悩を負える聖母よ
わが詩の祭壇に上がりたまえ!
君の薄い胸から流れる血は
剣の怒りが流したものだ

永遠になまなましい君の傷口は
目のように赤く 開かれている
おお あらゆる苦悩を負える聖母よ
わが詩の祭壇に上がりたまえ!

君はやせ細った両手のなかに
息子の屍を支え持っている
彼を全人類に示すために・・・・・
しかし人々は君から視線をそらすのだ
おお あらゆる苦悩を負える聖母よ

7.病める月

お前 天の黒い机の上で
死の病にとりつかれた夜の月よ
熱にうかされたように
巨大なお前のまなざしは
耳慣れぬ旋律のようにわたしをとらえる

静まることのない恋の悩みに
あこがれにうちひしがれてお前は死ぬ
お前 天の黒い枕の上で
死の病にとりつかれた夜の月よ

お前の光の戯れは
感情に酔い われを忘れて恋人へと
したいよる恋人に幸を与える・・・・・
苦悩から生まれたお前のあお白い血潮
死の病にとりつかれた夜の月よ

8.夜

不吉な黒い化け物のような蝶たちが
太陽の輝きを殺したのだ
閉ざされた魔法の書が
地平線に横たわる・・・黙して

失われた深淵の濛気の中から
思い出を窒息させながら霧が立ちのぼる!
不吉な黒い化け物のような蝶たちが
太陽の輝きを殺したのだ

そして天空から地上へと
重々しく羽搏いて
見えざる怪物は舞い降りる
人々の心の上へと・・・・・
不吉な黒い化け物のような蝶たちが

9.ピエロへの祈り

ピエロ!私は笑いを
忘れてしまった!
輝かしい姿は
消え失せた・・・・消え失せた!

私のマストの上に旗は
黒々とはためく
ピエロ!私は笑いを
忘れてしまった!

おお もう一度とり戻してはくれまいか
魂の獣医よ
抒情詩の雪だるまよ
月の女神様よ
ピエロ!私は笑いを!

10.盗み

いにしえの栄華の血の滴りである
赤い高貴なルビーは
墓石の下のひつぎのなかに
まどろんでいる

夜 ピエロは飲み友達と
一緒に下りていく・・・・・盗むために
いにしえの栄華の血の滴りである
赤い高貴なルビーを

ところが・・・彼らは髪をさか立て
恐怖に蒼ざめて立ちすくむ
ひつぎの中から暗闇を通して
・・・・・まるで眼のように・・・・・
赤い高貴なルビーはじっと見つめている

11.赤いミサ

ぞっと身ぶるいするような聖餐の時に、
黄金色に輝く光の中で
ろうそくの光の揺れる中で
祭壇へと近づいていく・・・ピエロ!

神に捧げられたその手で
司祭の服をひきさく
ぞっと身ぶるいするような聖餐の時に、
黄金色に輝く光の中で

十字を切り祝福を与える身ぶりと共に
彼はおそれおののく魂たちに示す
血のしたたる赤いホスチアを
・・血だらけの指で・・彼の心臓を
ぞっと身ぶるいするような聖餐の時に

12.絞首台の歌

首のひょろ長いやせこけた娼婦
それが彼の最後の恋人であろう
彼の脳天に釘のように突き刺さる
首のひょろ長いやせこけた娼婦

松の木のようにやせすぎて
首には短くおさげ髪・・・・
情欲ふかげに悪党に!抱きつくことだろう
やせこけた娼婦!

13.打ち首

月は 黒い絹のクッションに横たえた
研ぎすました半月刀
妖怪じみた大きさで・・・・下界を威嚇する
苦悩の夜を貫いて
ピエロはいら立ち あたりをさまよい
死の恐怖のうちに それをじっと見上げる
月は 黒い絹のクッションに横たえた
研ぎすました半月刀

彼の膝は恐怖にふるえ
急に気を失ってくずれおちる
彼は瞑想する:その罪深い首に
うなりを立てて打ちおとされるのを
月 研ぎすました半月刀が

14.十字架

詩は聖なる十字架だ
その上で詩人たちは物言わず血を流す
羽搏く化け物 禿鷹の
一撃で盲にされて!

紅の血に輝いて 剣は屍を飽食した
詩は聖なる十字架だ
その上で詩人たちは物言わず血を流す

使者の首・・・・・ちぢれ髪は硬直し・・・・・
暴徒たちのざわめきが遠く消えていく
深紅の王の冠 太陽がゆるやかに沈んでいく
詩は聖なる十字架だ

15.郷愁(ノスタルジア)

愛すべき彼の嘆き・・・・水晶のため息か
イタリアの昔のパントマイムから
時を超えて響いてくる
何とピエロもぎこちなく
近代的にセンチメンタルになったことか

そして それは彼の心の荒野から
彼のすべての感覚を通して柔らかく響く
愛すべき彼の嘆き・・・水晶のため息が
イタリアの昔のパントマイムから

するとピエロは悲しげな表情を忘れ去る!
月の蒼白い火の輝きをつきぬけ
光の海の潮を通りぬけ・・・憧れは
故郷の空たかく奔放に翔けていく
愛すべき彼の嘆き・・・水晶のため息が

16.悪趣味

わめき散らしている
カサンドロの禿頭の中に
ピエロの偽善者の顔をして
そっとお手やわらかに・・・・・穿頭器をつきさす

彼はその穴に拇指で
本物のトルコ・タバコを詰めこむ
わめきちらしている
カサンドロの禿頭の中に

さて つるつる禿の奥深く
桜のパイプをねじ込んで
そして本物のトルコ・タバコを
やれ 一服とばかりスパスパと
カサンドロの禿頭から

17.パロディー

ピカピカの編物針を灰色の髪にさして
お目付役の老女がぶつぶつ言いながら
短い赤いスカートを着て座っている

彼女はあずま屋で待っている
彼女はピエロに恋こがれている
ピカピカの編物針を灰色の髪にさして

おや・・・聞こえるぞ!・・・・ひそひそ声が!
いや そよ風がふっとしのび笑いをしたのだ
あくどい皮肉屋の月がその光で
からかっているのだ・・・・・ピカピカの編物針で

18.月のしみ

明月という一点の白いしみを、
黒い上衣の背に受けながら
ピエロはなま暖かい夜をさまよう
楽しみとアヴァンチュールを求めて!

急に衣服が気にかかり
ぐるりと見まわし たしかに見つけた・・・
明月という一点の白いしみを
黒い上衣の背に受けながら

待てよ!と彼は考える これは漆喰のしみかも!
はたいても はたいても・・・・落ちやしない!
そうするうちにますます腹を立て
夜が白むまでこすりつづける・・・・
明月という一点の白いしみを

19.セレナード

グロテスクな大きな弓で
ピエロはヴィオラをこする
一本足のこうのとりみたいに
彼は悲しげにピチカートをはじく

とつぜんカサンドロが現われて・・・深夜の
名人に腹を立て・・・・近づいてくる
グロテスクな大きな弓で
ピエロはヴィオラをこする

と見るまにピエロはヴィオラを投げ捨てて
器用な手つきで禿頭の襟元をつかみ・・・・
つる禿げをグロテスクな大きな弓で
夢みるように奏でる

20.帰郷

月の光を舵として 睡蓮の花を舟として
折よく追風にのるピエロ
南をさしてこぎくだる

流れは 低くつぶやいて 小舟をやさしく揺らす
月の光を舵として 睡蓮の花を舟として

さあ ピエロはベルガモに 生まれ故郷に帰るのだ
東の方 緑と地平線はもうほのぼのと明けそめる
・・・・月の光を舵として

21.おお なつかしい香りよ

おお 遠い昔のなつかしい香りが
ふたたび私の感覚を陶酔させる!
悪ふざけの好きな連中の道化じみた一群が
軽い大気をふるわせる

喜びを求めるという幸多い願いが
私を有頂天にさせる
その喜びを 私は永い間軽蔑して来たのだが
おお 遠い昔のなつかしい香りが
ふたたび私の感覚を陶酔させる

私はゆううつをすっかり吹きとばし
陽光のさし込む窓から
愛する世界を自由に眺め
そして遠い 幸多い彼方を夢みる
おお 遠い昔の・・・・なつかしい香りよ!

(柴田南雄:訳)

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